高瀬舟(キン肉マンremix)

超人墓場は超人を集める墓場である。そこでの労役時代に生命の玉を4つ集めると、本人が超人閻魔へ呼び出されて、そこで生き返ることを許された。それから超人はミスターVTRのモニターから、生き返るであつた。
その超人墓場行きを護送するのは、超人閻魔の配下にゐる鬼達が勤めるのが慣例であつた。これは上へ通つた事ではないが、所謂大目に見るのであつた、默許であつた。

超人墓場行きを申し渡された超人は、勿論重い科を犯したものと認められた超人ではあるが、決して盜をするために、人を殺し火を放つたと云ふやうな、獰惡(だうあく)な超人が多數を占めてゐたわけではない。超人墓場に行く罪人の過半は、所謂心得違のために、想はぬ科(とが)を犯した超人であつた。有り觸れた例を擧げて見れば、完璧超人の地球侵攻を食い止めるために人狼煙による自爆を謀つて、自爆したのに、自分だけ活き殘つた男と云ふやうな類である。

さう云ふ超人を載せて、入相(いりあひ)の鐘の鳴る頃に漕ぎ出された護送船は、黒ずんだ闇を窓に見つつ、何処かへ走つて、超人墓場へと向かうであつた。此舟の中で、超人と其友人の者とは夜どほし身の上を語り合ふ。いつもいつも悔やんでも還らぬ繰言である。護送の役をする鬼は、傍でそれを聞いて、罪人を出した親戚眷族(けんぞく)の悲慘な境遇を細かに知ることが出來た。所詮超人墓場を知らず、表向の口供を謂つたり、リングの上で、口書(くちがき)を讀んだりするアイドル超人達の夢にも窺ふことの出來ぬ境遇である。

いつの頃であつたか。多分6人の悪魔騎士がやってきた黄金のマスク編の頃ででもあつただらう。遊園地の櫻が入相の鐘に散る春の夕に、これまで類のない、珍らしい罪人が護送船に載せられた。
それは名をキン肉スグルと云つて、二十歳ばかりになる、住所不定の男である。幼少の砌より両親に捨てられた身であるので、舟にも只一人で乘つた。
 護送を命ぜられて、一しよに舟に乘り込んだ鬼は、只キン肉スグルが正義超人殺しの罪人だと云ふことだけを聞いてゐた。さて牢から護送船まで連れて來る間、この贅肉の、色の白いスグルの樣子を見るに、いかにもふざけて、いかにもバカのやうに、自分をば牛丼愛好会の人達のやうに接し、何事につけても真面目に答えないやうにしてゐる。しかもそれが、罪人の間に往々見受けるやうな、戯りを裝つて權勢に媚びる態度ではない。

鬼は不思議に思つた。そして護送船に乘つてからも、單に役目の表で見張つてゐるばかりでなく、絶えずスグルの擧動に、細かい注意をしてゐた。
 其日は暮方から風が歇(や)んで、空一面を蔽つた薄い雲が、月の輪廓をかすませ、やうやう近寄つて來る夏の温さが、兩岸の土からも、川床の土からも、靄になつて立ち昇るかと思はれる夜であつた。此世を離れて、異次元を横ぎつた頃からは、あたりがひつそりとして、護送船の鳴らすヱンジンのささやきを聞くのみである。

護送船で寢ることは、罪人にも許されてゐるのに、スグルは横にならうともせず、牛丼を食し、週刊少年ジャンプを読み、騒いでゐる。其額は晴やかで額には肉という文字がある。
鬼はまともには見てゐぬが、始終スグルの顏から目を離さずにゐる。そして不思議だ、不思議だと、心の内で繰り返してゐる。それはスグルの顏が縱から見ても、横から見ても、いかにも樂しさうで、若し役人に對する氣兼がなかつたなら、口笛を吹きはじめるとか、踊り出しさうに思はれたからである。

鬼は心の内に思つた。これまで此護送船の宰領をしたことは幾度だか知れない。しかし載せて行く罪人は、いつも殆ど同じやうに、目も當てられぬ氣の毒な樣子をしてゐた。それに此ブタ男はどうしたのだらう。遊山船にでも乘つたやうな顏をしてゐる。罪は正義超人を殺したのださうだが、よしや其正義超人が惡い奴で、それをどんな行掛りになつて殺したにせよ、人の情として好い心持はせぬ筈である。この色の白いブタ男が、その人の情と云ふものが全く缺けてゐる程の、世にも稀な惡人であらうか。どうもさうは思はれない。ひよつと氣でも狂つてゐるのではあるまいか。いやいや。それにしては何一つ辻褄の合はぬ言語や擧動がない。此男はどうしたのだらう。鬼がためにはスグルの態度が考へれば考へる程わからなくなるのである。

続く